君が望む永遠・二次創作(連載モノ)

愛の園(アイのソノ)

第二章 回想

1.京本家と涼宮家

 話は十数年前に遡る。

 当時、柊南町にある涼宮家の隣には、両親とも医者という一家が住んでいた。京本家である。その一人息子が京本貴之だった。一方、涼宮家の大黒柱、涼宮宗一郎は白稜大学文学部の教授、妻の薫も同じ大学で助手をしていたものの、長女遙が生まれると同時に専業主婦へと転身した。それから3年の後、茜が誕生したのだった。

 京本貴之、15歳の時であった。

 元々両親同士が仲が良かった事と、京本家には貴之一人しか子供が居なかった事から、貴之・遙・茜の三人は本当の兄弟の様に育てられた。また、貴之も二人の面倒を良くみていた。近所からも「年の離れた兄弟ですね~」などと言われていたものであった。

 涼宮姉妹はあまり似ていない。容姿がどうのこうのという以前に、性格が正反対であった。遙はとてもおっとりしていて、どちらかというと天然系。一方茜は元気の固まりのようなもので、幼い頃からしょっちゅう近所のガキ大将とケンカをして、その度に貴之が仲裁にかり出されるという始末。その傍らで遙がオロオロしているというのが日常であった。

 時は流れて京本が18歳の春、彼は白稜大学の医学部に進学した。別に両親から強制されていた訳では無い。むしろ医学には人並み以上に興味を持っていた。だから、彼が医学部に進学したのは至極当然であった。一方、彼は法律にもかなり心惹かれていたのも事実であり、医学部を卒業して医師免許を取った後、隣県にある法科大学院に進学した。流石に実家から通うのもかったるく、その頃から一人暮らしを始めるようになった。

 引っ越しの当日、当然の如く涼宮家一同も見送りに来ていた。その中に遙と茜の姿もある。遥はこの春から中学生、茜は小学校中学年で、分別が分からない歳では無かったが、やはり「兄」との別れは辛いものだったのだろう。それでも遙は涙をぐっと堪えていた。しっかりとした姉である。
 それに対して茜は廻りを気にする様子も無く、「お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・」と泣きじゃくって京本の腕を掴んで放さない。そろそろ出発の時間も迫っており、京本は茜の頭を撫でながら、

「ほら、もう一生会えない訳じゃないし、隣の市に引っ越すだけなんだからさ」
と言って茜を慰める。それでも茜は泣きやまない。普段の元気は何処へやら、である。すっかり困ってしまった京本は、

「よし、それじゃこれをあげるから。」
そう言って京本は1枚の写真を茜に手渡した。そこには京本と茜、そして遥が写っている。以前に京本家と涼宮家が揃って旅行に行ったときに、記念に撮影したものだった。三人とも笑顔だ。

「・・・これ?」
「そう。ほら、前に一緒に旅行に行っただろ?その時に三人で撮った写真だよ。ごらん、茜ちゃんも笑顔で写っているだろ?もう会えない訳じゃないんだから、さあ笑おうね。」
京本は茜の頭を撫でながら、優しく語りかけた。

「あ、そうだ。それじゃ落ち着いたらちゃんと遊びに来るよ。約束するから。」
「・・・約束??本当??」
茜はぐずりながらも、京本の方を向いて答えた。

「ああ、約束だ。オレが今まで一回でも約束を破った事があるか?」
「・・・ううん、無いよ!じゃ、絶対だよ。また会えるんだよね?」
「もちろん。その頃には茜ちゃん、きっと可愛くなってるだろうな。楽しみだなぁ」
茜と指切りをしながら、京本が笑顔で言う。

「当たり前じゃん!おねーちゃんよりもずっとずっとかわいくなってるもん!」
いつの間にか涙は乾き、いつもの茜になっていた。京本はほっとして、そして父の運転する車に乗り込んだ。

 涼宮家の一同、とりわけ茜は車が見えなくなるまで何度も何度も手を振って「約束だからね、おにーちゃん!」と大きな声で繰り返していたのだった。小さなその手に、京本からもらった写真を握りしめながら・・・。


2.現実

 「・・・なんだって~!って聞いてる?おにーちゃん!?」
 茜はジト目で京本をにらみつけていた。

 「へっ?あ、あぁ、ごめんごめん。ちょっと昔のことを思い出しちゃってね・・」
 「昔のこと?」
 「ああ。ほら、オレが大学院に進学するのに、引っ越ししただろ?その時のことを、さ」
 「あー、うんうん」
 「あの時さー、茜ちゃんがなかなか泣きやまなくてさぁ・・・。」
 「そ、そんな昔の事、覚えてないってばっ!もう・・・」
 茜は顔を赤らめながら、口をもごもごさせている。きっと当時の事を思いだしたんだろう。

 「・・・そんな事言ったら、おにーちゃんだって・・」
 「え?オレ?・・・何かしたっけか?(^_^;」
 茜の意外な反撃に京本はちょっとタジタジしていた。

 「落ち着いたら、会いに来るって言ってたのに・・・。来なかったじゃん・・・」
 「・・・あ、そうだったよなぁ」

 実際、京本は法科大学院を卒業してからも多忙であった。柊中央クリニックに外科医として勤めたのは良かったのだが、程なく父が医学界を引退、必然的に跡継ぎである京本は否応なく柊中央クリニックの院長に就任させられた。
 実務上、問題は無かったのだが、何せ実際の医師として勤めはじめて間もない頃だった為、一介の医師と院長という二足のわらじを履く生活が数年続くハメとなったのだ。

 そんなこんなで、茜との「約束」を果たせないまま、今日を迎えているのが現実だった。
 うーん、しまったなぁ・・・、という顔をしている京本に向かって、

 「ま、今日こうやっておにーちゃんに会えたのも何かの運命だし、許してあげるよ♪」
 と、茜はご機嫌な調子で答えた。

 「ごめんな、茜ちゃん・・」
 「ううん、忙しかったんだろうなーってのはわかるし。だっておにーちゃん、その若さで柊中央クリニックの院長でしょ?苦労も多かったんだろうしねぇ・・・」
 うんうん、と頷きながら茜は腕組みしていた。

 などと他愛のないやり取りをしているウチに、時は流れ、すっかり外も暗くなり・・・。

 「あ、もうこんな時間か。俺、そろそろ・・・」
 「え~!!おにーちゃん、もう帰っちゃうの~!!」
 「いや、だって、もう夕飯の時間だし。それに茜ちゃんは一応病人なんだから、おとなしく寝てないとまた・・・」
 「あらあらあら、お夕食召し上がっていって下さいな、京本さん」
 薫がキッチンから現れ、笑顔で言った。その手には既に夕食のメインディッシュがしっかりと持たれていたのだが・・・。

 「い、いや、確かに涼宮家のディナーが豪勢なのはわかりますが、流石にご迷惑だと」
 「いえいえ、もう作ってしまいましたもの。食べて頂かないウチはお帰しするわけにはいきませんのよ」
 「・・・薫さん、笑顔の割に強引なのは昔から変わってないんですね・・・。」
 流石の京本も諦めたのか、

 「わかりました。それではお言葉に甘えてご馳走になります」
 「やったー!そう来なくっちゃ!!」
 茜は満面の笑みで京本に抱きつく。これには逆に京本がタジタジだった。

 「ちょ、ちょっと、茜ちゃん」
 「いーじゃん、いいじゃん。こーんな美少女に抱きつかれるなんて、光栄でしょ?」
 「うーん、自分で言うかなぁ・・・。まったく。」
 文句を言いながらも京本は茜を離そうとしない。抱きつかれるがままであった。

 一人暮らしの京本にとって、食事は面倒でもあり、楽しみでもあった。普段は外食がほとんどの京本にとっては、今晩のような手作り料理は久しぶりであった。宗一郎は翌日まで出張とのことで、三人で思い出話に花を咲かせながら、のんびりと楽しい時間が流れていった。

 夕食が終わり、一段落ついた頃、やわら京本は立ち上がった。
 「さすがにもう遅い時間なので、今度は本当に失礼しますね」
 鞄を持ちながら、キッチンに居る薫に声を掛け、傍らに居る茜にも挨拶をした。

 「え~、まだいいじゃん。いっそのこと泊まっていけばいいのに・・」
 「いやー、明日も仕事だし。ホントに帰るよ。またいつでも来られるからさ」
 「・・・ホントに?」
 「おう、今度は大丈夫だ。なんせ隣の町内に勤めてるんだ。車で数分だしね」
 「んじゃさ、今度の土曜日、お出かけしようよ」
  茜は京本の上着の袖を引っ張りながら、京本に笑顔を向けてこう言った。

 いきなりのお誘い?に京本はしどろもどろしながらも、
 「土曜日かぁ・・・。夕方ならなんとか」
 などと律儀に答える。

 「うん、その時間なら私も部活終わってるし。そうしようよ。」
 「ったく、いきなり相手の予定も聞かないで決めちゃうあたり、昔から変わってないな。」
 「へへへ、一撃必殺っていうじゃん?」
 ちょっと意味不明な台詞とともに茜は笑う。

 「・・・実はさ、姉さんのお見舞いに一緒に行きたくて」
 茜は不意に真顔になった。

 そう、茜の姉、涼宮遥は交通事故に遭い、3年間眠ったままで最近突然目を覚ました。鳴海が恋人の見舞いに行っているというのは、このことであった。
 未だに何故3年もの間眠り続けたのか、原因は不明だという。何れにしろ、原因追及よりも現状を把握して、今後の生活、今までの生活を取り戻すことの努力の方が重要であろう事は、関係者ではない京本にも一目瞭然であった。

 「そうだね。遥ちゃんにもずっと会ってなかった訳だし。丁度良い機会だな。」
 「でしょでしょ~!うーん、我ながらグッドアイデアだと思ったんだー♪」
 茜はさっきからご機嫌である。そんな茜を見ていると、京本まで不思議とご機嫌な感じになるのであった。

 「じゃ、仕事が一段落ついたら連絡するからね」
 「うん!あ、これ私の携帯番号だから。」
 そう言って茜は番号の書かれたメモを京本に渡す。京本はその場で携帯を取り出し、電話帳に入力した。そして、おもむろに茜にダイアルをする。

 「で、今茜ちゃんに着信したのが俺の番号だから。後で登録しておいてね」

 はーいと元気に茜が答える。そうしながらも京本の足は玄関へと向けられていた。
 ドアを開け、キーを取り出しながら車へ向かう。その後ろにはちょこんと茜が付いてきた。

 「それじゃ、今度の土曜日な」
 「うん、忘れないでね!」
 「大丈夫だって。ちゃーんとスケジュールに登録しておくからさ」
 そう言いながら、愛車に乗り込み、イグニッションをONにした。エンジンに火がともり、心地よいエグゾーストノートが辺りに響く。

 「じゃ、またな~」
 「うん、またね~」
 フォン!とクラクションを鳴らして京本は車を走らせた。バックミラーには茜の姿。慌ただしい一日を振り返りながら、京本は右足に力を込めていった。



 「土曜日か。・・・久しぶりの欅町総合病院、だな」
 京本はつぶやいた。